鉾立の峰から朳差の小屋まで指呼の距離に見えても、間に谷間があるので案外と遠い。鉾立と大石山の間もそうだ。燕なら数秒で行くところを人間は1時間以上はかかる。だから人間は新幹線を発明したし、燕はその必要がなかった。不便が発明の動機となるとすると、燕にはなんの不便もないから発明する動機がない。寒くなったら暖かい所に飛んで行って暮らす。財を持たない、持つ必要もないから身軽なのだ。人間も鼻黒も飛ぶには重過ぎる。重過ぎる動機を沢山抱えているから、朳差小屋まで小一時間はまだ掛かるだろう。ただそこに着けば寒さに震えることはない。いつも七月だから暑い日はもちろんあるが、寒い日は無い。たとえ嵐になったとしても水に流されることもない。忙しさにかまけて、あるいはかこつけて、考えなくても良かった事を考えざるを得ない環境だから、その屈託こそあるが、それを逃れて生きることの偽りを知ることはできる。
オッドアイTの猫とその一味第94R
オッドアイ・Tの猫とその一味