オッドアイ・ Tの猫とその一味第31話「肉球ラーメンの秘密2」

察しの良い読者であれば猫探偵がラーメン屋がらみであることにお気づきのはずだ。下関駅前もここも。そのラーメン屋を拠点として何かしらの普及活動(世界の猫化など)をしているのでは、と御推測のはずだ。代金を法外に廉くして、誘い水とするのは悪徳商法や宗教勧誘の常套であろう。こま鼠のように働く店主は下っ端のように見えて下っ端でなく、実はすべての黒幕であるというのもありふれた展開だ。深夜、車の無いスーパーマーケットの駐車場に猫人達が百人集まって千客万来亭(坂町アコス店)店主の話に耳を傾ける。

「赤い林檎に唇寄せれば林檎の気持ちが良く分かるように、諸君らは方や人間に、方や猫に唇を寄せている猫人です。つまり両種の気持ちが良く分かる。であるならば、決して性急にならず、相手方の環境を理解するよう努め、その言葉の真意を慎重に解釈しながら猫化に尽力してください。肉球万歳!」猫人達は各々着ている服で肉球をこすって拭いてから(右手の肉球は左手の袖で、左手の肉球は右手の袖で拭いて)万歳をする。昼間であれば二百の肉球が揃って店主に向けられるのが良く見える。そういうイメージを持ってもあながち間違いではないだろう。

 

 コロナの前は週二回の面会が常だった。億劫になることもあったが、自分が世話をしない罪滅ぼしのつもりで母の顔を見に行った。それがコロナでできなくなると、面会に行く前に走るというルーティンも崩れてしまった。夕食から部屋に戻り、薬を飲んでおむつを替えてもらい、落ち着くのが七時過ぎ、その時に面会するのが一番良かったので、仕事が終わってからの時間をランニングに充てていた。面会が終わってから行くスーパーも空いていて良かった。面会が母のためか自分のためか分からないが、そういうことが自分を律していたことは確かだ。

 六月中頃に通知が来て、また面会ができることになった。去年の11月にも面会が許されて会いに行ったから半年ぶりになる。その時も東京に居る妹にも連絡して面会の予約を翌月に取ったが、直前になって面会不可の連絡が入った。また同じことにならないうちにと早めに予定を取ったが、妹は仕事の関係でとんぼ返りの日帰りになった。

 私の顔は分かっても三年以上も会っていない妹のことは分からなかった。マスクを外して顔を近づけても分からない。知らない人に挨拶されたような戸惑いの笑みを浮かべる顔が老いた猫のように見えた。

 

 私は休日の夕方、堤防を走った後にYと千客万来亭に行くことにした。肉球ラーメンを食べないまでも見たいという欲求に抗い難かったし、Yは麺類なら好悪なく食べる。

「今日はやたらと腹が減ったのでラーメンでも食べに行こう。坂町のアコスで食料品も買いたいからアコスのラーメン屋に食べに行こう」

そしてYがトイレに寄っている間に

「冷し中華大盛と肉球ラーメンください」

と店主に注文した。

「はい冷し中華大盛ひとつと肉球ラーメン大盛ひとつですね」

肉球ラーメンは大盛ではないが、それで構わない。こま鼠のように動き出した店主に私はもう一つの目的の話を切り出した。

「ところで、金目銀目の猫を探してもらいたいんですが、猫猫探偵社に連絡してもらえますか」

「金目銀目ですね。何匹ですか」

「一匹ですが」

「なるほどなるほどなるほどにゃん一匹ですね。何色ですか。白ですか白黒ですか」

「白黒です」

「なるほどなるほどなるほどにゃん白黒で、それで名前は」

「多分野良猫なので名前はないです」

「なるほどなるほどなるほどにゃん名無しの野良猫金目銀目」と言いながら店主は片手を宙に浮かせ、算盤を弾くジェスチャーをした。

「名無しで10パーセント増し、野良猫で10パーセント増し、金目銀目で20パーセント増しになって2,800ニャンです」

「分かりました」

「その猫はどこら辺に出没しますか」

私は予め用意しておいた住所の書いた紙片を渡した。

「上野というのが私の住所で、猫のいる場所です。野良猫なのではっきりした住所は分かりませんが、私の住居周辺を常に徘徊しています。もし見つかったら袋に入れてもうひとつの住所の方に持ってきてください。私の勤務場所です。そこで代金をお支払いします」

「袋に入れると袋代が掛かりますがどうしますか。ぐるぐる巻きなら袋代は掛かりません」

「ぐるぐる巻きにして袋に入れてください」

「分かりました。では念のため注文を繰り返します。金目銀目の白黒一匹、野良猫名無し2800ニャン」

「そうです」

 そういうやり取りをしながらも店主はこまねずみのように動いていたのでYが席に着く時には肉球ラーメンがカウンターに上がった。

「はい、肉球ラーメンお待ちどうさま!」