オッド・アイTの猫とその一味第49話「素敵な首飾り」

管理人とはおそらくK氏だろう。郵便夫が話す風貌と一致する。「山遊亀」の著者で、阿賀北総ての三角点を詳らかに踏査した山屋だ。そのK氏に郵便夫は置手紙を書いた。

「おせわになりました。たくさんたべました。たくさんねました。とてもげんきになったでしょう。あたらしいてがみがきたのてみくにのこやまでいきます。またもどったらここにきます。こやはむじんのことがおおいのでるすばんがいなくてもししょうがないというのはほんとうでしょうか」

私は書き直した。

「朳の小屋の安久さんから配達を頼まれたので三国小屋まで行ってきます。戻るまで待てば良いのでしょうが、夕方までは待てないというので出発します」

スコップは持っていくことにした。二ヶ所縛って落ちないように工夫した。スコップを縛り付けておけば、ただの野生の猪ではないと思われ、串刺しにならずに済むように思われたからだ。つまり幾分かは猪に同情的になっていたということらしい。柄を胴体にきちっと縛ると金属のシャベルの部分がちょうど猪の頭を覆う具合になる。日除けにもなるし傘の役目もする。郵便夫は肩から斜に鞄を下げた。そして私が渡した封書をその鞄に入れた。

 飯豊固有種のイイデリンドウは頼母木小屋から半時間登った頼母木山から飯豊本山までの稜線に自生する。ここも確かに7月だから草原には紫の星が散らばっていた。その特徴を彼らに説明する必要はないだろう。標柱に寄りかかって荒い息をしているからだ。その二人に水をやって(猪にはペットボトルの水を専用の皿に注いで)、そして呪文を促してから地神へと進んだ。後ろに続く二人の様子を振り返りつつ登れば、朳差は少しずつ遠くなる。まだ頂上にバカンスとバケーションがいたとしても肉眼ではもう分からない。急斜面を登ると小さな峰に着く。地神北峰、丸森尾根との分岐。ここでも給水。私は郵便夫にペットボトルをその鞄に入れて、随時飲むように言った。するとペットボトルを鞄に入れると手紙が濡れるので困ります、と言う。それでペットボトルを紐で括って、それを郵便夫の首に掛けた。

「もしぶらぶらして邪魔になったら鞄のストラップに挟むようにすれば良いでしょう」

地神までは距離はないが急坂、その急坂にはありとあらゆる夏の花が咲いている。代表を挙げればハクサンフウロ、タカネナデシコ、ハクサンシャジン、クルマユリ、コバイケイソウ、特にイイデリンドウは多い気がする。地味な花の代表はハンサンボウフウなどのセリ科、ヤマハハコ、タカネアオヤギソウ等、花の色も様々、背丈に長短はあってもそれぞれの美しさを発揮している。地神の頂上で後続を待つしばしの間、私は山を眺めた。朳差の向こう、日本海との間には朴坂と高坪山塊、更に奥には葡萄山塊、朳差の右側に続くのは大境山、その向こうに葡萄鼻と光兎、鷲ヶ巣。それらの背景に祝瓶から以東岳までの朝日連峰がある。半回転すれば眼下に二王子、五頭、菅名、白山、粟ヶ岳、その後ろに越後平野が広がって、角田と弥彦が海を隠している。この二十年、汗を落としてきた山々。背負える荷物しか与えないという言葉もあるが、猪に持たせたスコップは地神で下ろすことにした。しっかり縛ったつもりであっても歩行とともに緩んで、腹の方に回ってとても歩きにくそうだったからだ。その代わりに細引き紐で首輪を作った。紐だけだと目立たない気もしたので、傍に咲いていたハクサンフウロとハクサンシャジンとコバイケイソウを茎から折って紐に絡めた。すると紫と白の素敵な首飾りができた。半日経てば萎れるだろうが、花は沢山ある。呪文を唱え、スコップは地神山の標柱に縛って出発した。忘れなかったら帰りに持っていこう。