昼の労働を怠れば夜は二時間ごとに目を覚まして、前世の罪に苛まれる。桃源郷は天国ではない。ここに来る人間は生きている。睡眠不足と屈託によってストレスが溜まると膨らんでくる。70%で爆発するので、針で刺して爆発させないのが私の仕事でもある。オヤマボクチの花であったり、ミネザクラの枝を尖らせたものであったり、それで膨らんだ足とか腕とを刺すと、二三日で元通りになる。これは元々私の仕事でなく、Y似で巫女の猪使いが気紛れにやっていたのだが、偶にしか居ないし、気紛れなので、見よう見まねでやってみたら、成功しないこともなかっただけだ。だから私は水場までの往復や長者平の行き帰りには薊とかハリブキとか、痛そうなものを折って小屋に持ってくる。血が出るほど強く刺してはいけないとだけ巫女でY似の猪使いは教えてくれた。血が出れば効果はなく無駄な血だと。けれども痛くて大声を上げるくらいは刺さないとだめだとも言っていた。つまり、オヤマボクチのイガイガの枯れた花をぐっと強く押し付ければ鼻黒は我慢できず、大声を上げながら小屋の周りを駆け回り、あるいは朳差を登って下りてくる。そして戻ってきて、そのオヤマボクチのトゲトゲの跡が残った腕や足を私に見せる。血が出ていなければ「成功です」と私は言うが、本当に成功かどうかは二三日後にしか分からない。二三日してまだ居れば成功だったし、居なければ多分爆発して下山したことになる。今のところオヤマボクチが一番良いかなと思っている。しかし、オヤマボクチは稜線には咲かない。だから鼻黒郵便夫に今度配達に来る時は「ずんぐりした色の地味なアザミを見たら折って持ってきてくれ」と頼んでおく。オヤマボクチは沢山は無いし、群生もしないが、20本に1本くらいの割合で混じっている。間違って折られたナンブタカネアザミやウゴアザミは小屋の前に置いたバケツに差しておく。時々全く見当違いにオタカラコウやウサギギクやクガイソウを持ってくる鼻黒もいるので、そのバケツは図らずも華やかなのが常だ。
オッドアイTの猫とその一味第95R「オヤマボクチ」
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