反省的な気分は人を下向きにする。足元を見て歩きながら懐古的であった私は、花輪が落ちていないことにしばらく気づかなかった。前を歩く鼻黒AかBの首に沢山の花輪が掛けられているのを見て、ようやく気付いたのである。それは首の長さを越えて頭の領分も侵している。口を覆い、目も隠す状態ではなかろうか。滑落して死ぬような場所はしばらくは無いし、半分猫なら転がり落ちても怪我はしないだろうけれど、どんどんとまくれ落ちてしまえば、戻るのに時間が掛かる。藪を下から這い上がるのはいくら半分猫でも容易ではないだろう。
「どうしてそんなに首に掛けますか」
「もったいないと思って首に掛けます。すると匂いが良くて良い気分です。花の良さは分かりませんが、花輪の良さは分かります」
「息がつけますか。目は見えますか」
「苦しいですがいい気持ちです。良く見えませんが歩けます」
「それは堕落というのです」
「ダラクですか。ダラクはいい匂いです」
「半分人間では堕落はまだ早いです。一人前の人間になったら堕落してください」
「ダラクはいい匂いです。ダラクしていれば人間になる必要はないですね」
鼻黒AかBのすぐ後ろでその花輪を仔細に見ると、クサンフウロ、イブキトラノオ、タカネツメクサ、ハクサンシャジン、イイデリンドウ、ヨツバシオガマ等、花の種類は前より増えて、その長い茎を捩って絡ませ、その隙間に短い茎のハクサンコザクラやイイデリンドウを巧みに差し込む、そんな具合にできていた。けれでも私はその花輪に手を掛けて一気に引っ張った。するとバラバラと地面に落ちて、鼻黒の愉快そうな顔が現れた。
「ああ、ありがとう。すっかりすっきりしました」
「ああ、前の人も花輪を掛けていますね」
「そうです、そうです、みんな拾って掛け始めたので私も掛けました。この花輪は首に掛けるのにちょうど良いのです。でもダラクなので前の人の花輪を取るのは私の役目です」
鼻黒AかBは速足で鼻黒AかBかに近づいて行ったが、腰を屈めて花輪を拾った。
「だれでもそうだ。気にするな」と自分に言うことがある。そう思えば楽になれる。
時々立ち止まる鼻黒二人の影が広い草原の稜線に長く伸びていた。その二本の先にも、倒れた電信柱のような長い影が草原を移動する。猪だけは影を作らないが、私の影もそうなのだろう。西に傾き始めた陽が海を輝かせ、二王子岳と北俣岳の間の谷を黒くしていた。そして、猪使いの巫女が花輪作りの名人だと分かった。