オッド・アイ Tの猫とその一味 第19話「このいのちなにをあくせく」の巻

色だけを変えながら、その後も私は裸でもじゃもじゃ頭で靴だけ履いた姿で描かれた。時々帽子を被ったりタオルを巻いたりしてアピールしたが、変化はない。写実性に疎く、先入観だけの絵を私は毎日見せられた。

~11月21日きょうはふったりやんだりのてんき、わたしはにっきをかいてからねた。それをさんかいくりかえすとよるになった。ざんこくにじかんはすぎ、とおりすぎるときのかぜもまたつめたい~

「天気という漢字を覚えてください。こうしてこう書きます」

「こうしてこうですね。残酷という漢字も覚えたいです」

「それは難しいです。目玉焼きも作れないのにカレーを作るようなものです」

「目玉焼きはおいしいですか」

「私は好きです」

「私も好きです。では今度ください」

「貴方は日記を書いて、あとは寝ていますか。それともどこかに出かけますか。そして出かける時は原付バイクに乗りますか」

「日記を書く時と書く内容を考える時以外は寝ています。だからどこにも出発しないです」

「では原付バイクにも乗りませんね」

「そうです。原付バイクに乗るのは猫人の特殊部隊です」

「特殊部隊が原付ですか」

「そうです。密やかに経済的にです」

「何が目的ですか」

「猫人の秘密の保持と折伏です。どこかで見ましたか」

「ええこの頃あちこちで見かけます」

「それは多分貴方がなにか特別な秘密を握っているかあるいはそういう人が身近にいるからです」

「そうですか」

「無駄かもしれませんが、良く考えてみてください」

「無駄かもしれないというのは」

「失礼。プレッシャーを与えないための気遣いです」
「でも貴方もその仲間でしょう」
「その仲間というと」

「その猫人の」

「実はこれは秘密の秘密なのですが、ちょうど犬もいないので教えます。私は貴方の来世です」
「私の来世!でも私はここにいますよ」
「そうです。私がすこし早く出てきてしまいました。でも無駄にならないようにあなたを観察して予行演習しています。だから日記係になりました」

「私を観察して予行演習」

「そうです、そうです。仕事に出かけた日は靴を描くことにしました。だから毎日靴を描きます。収穫が無かったら裸です」

「収穫というのは買い物ですか」

「いえ、成長したかどうかです。成長していないなら裸です」

「成長したかどうか、見た目で分かりますか」

「見た目では分からないし、一日や二日で変わることはないので、大体裸ですね」

「ではもじゃもじゃ頭は」

「それは色鉛筆の色を確かめるために最初に描く部分です。ぐるぐると何度も丸を描いて色を確かめて、ついでにそれを頭にします」

もじゃもじゃ頭の裸長靴男を今後も甘受しなければならないことになる。

「半猫にならない方法はないのかな。どっちかがいい。猫か人間か」

「無理ですね。私が既に存在しますから。でも日記係も悪くないですよ。私も人間の時もありましたが、こうして日記係になってみるとあくせく生きる人間なんてまっぴらです。ぐうたら猫も嫌いだし、あなたが半端な人間でほんとに良かった」

ちょうどそこに犬を連れたTが散歩から戻ってきた。ありがとうと言うとTはいつものようにもごもごと聞き取れない声でなにか言い、犬を繋いで帰っていった。

「犬に聞かれると困る話でしたか」

「そうです」

「なぜですか」

「犬の居る時にこんな大事な話をして、犬が全然分からなかったら気の毒でしょう」

「ああ、そうですか」

へんてこな生き物が私の来世として近くにいるというのは、変な、どちらかというと不愉快な心持だった。だからといって日に何度も尻尾を引っ張って追い出しても、ちょっと離れた別な所で日記係を続けるだろう。

 前世も来世も信じないが、たとえ本人が気楽で良いと言っても、あの姿になることが決定しているというのは一種の無力感さえもたらすようだった。

「あくせく生きてこれか、あくせく生きなくてあれか」

あくせく生きて冬囲いが終わった頃、初雪が降った。日記係は相変わらず犬小屋にいたので、段ボールで簡易な犬小屋を作った。長方体の一面を切って出入口とし、その中に毛布を移すと、犬はずっとそうであったようにそこで寝た。至るところ青山あり。