オッドアイTの猫とその一味第72話「観音菩薩坐像」

 今週父の一周忌があります。仏壇を掃除していたら観音菩薩像を倒してしまい、右の手首が折れてしまいました。アロンアルフアを買ってきて、くっつけていると、左も欠落していることに気づきました。いつ折れたのか分かりませんが、仏壇とその周辺を探しても、二三ミリの大きさですから見つかりませんでした。折れ口を見ると、木彫ではなく、樹脂製ですので昔からある物ではないでしょう。父母が仏壇を新調した時に一緒に買ったものかもしれません。アマゾンで見ると、木彫でも二、三万円でなので買おうかとも思いましたが、それが良いことかどうか。たとえ欠けても、たとえ樹脂でも、今まで大事にしてきたものはそのままにして拝むのが常識的な気もして、逡巡していました。
 するとある日、二月と三月の間の三寒四温の気候の中、岐阜の仏壇屋だと名乗る人が来て、背中に背負った風呂敷包みを茶の間で広げました。名の知れた仏師が彫ったという仏像が七体、一尺に満たない観音菩薩を茶の間のテーブルの上に並べて「よりどりみどりのうつみみどり」です、と言うのです。手足の欠損が無いことなど概ね眺めて「値段次第ですね」と言うと「私はこうして原付バイクで全国行脚、着の身着のまま木の実ナナで旅をしている修行の身、今日明日を糊する糧があれば良いのです」「具体的に言うと」「二万五千円也です」
 私は買っても良いという気になり、今度は背面に刻んだ銘なども確認しながら一体一体を仔細に見ました。すると
「一万円でもいいです。一万円にします」
 と一気に減額しました。私が驚いて行脚の行商人を見ますと
「困ります困ります一万円でないと困ります」というので、最も出来栄えの良いと思われる立像を買いました。行脚の行商人は代金を受け取ると立像、坐像をまた風呂敷に包んで、そそくさと玄関を出て、原付バイクに跨りました。なにか慌てていたからなのか、生来の性分からなのか、その日のうちに一体の坐像をテーブルの下に見つけ、見慣れない靴が玄関にあるのも見つけました。私のどの靴と履き間違えたのか、しばらく考えても分かりませんでした。そういうことで今仏壇には新旧三体の観音菩薩が並び、黒くて古い革靴は玄関の隅に置いてあります。三つあっても仕方ないので、置き忘れた一体はそちらに送ります。行脚の行商人が取りに戻ったら一万円払います。その時には靴の謎もとけるでしょう。では
 私が手紙を読み終えた時、郵便体操の郵便夫が再び私の前にやってきた。
「これも貴方への郵便です。どうぞ」
包装の形状からして一万円の観音菩薩坐像が入っていることが推測できた。
「私は荷物がいっぱいで、これを無理にザックに詰め込めば、足も手も頭さえ折れないでは済まないでしょう。これを入れてきた貴方のザックにはこれを入れる余裕があるでしょうから、これをまた入れて朳差まで一緒に来てください。水場が涸れていた時は別な水場を探してください」
「困ります困ります。私はこれから帰って灯台係にならないといけません」
「では蟹券10枚出しましょう。寺泊はカニの宿きんぱちの蟹券です。それに灯台係にはいつでもなれますよ」
鼻黒にとって、名誉や使命、希望よりも食べ物が大事なのを私は知っている。
人数を増やした一行は小屋からわずかに進んで飯豊の本山一等三角点の上に立った。