オッド・アイ Tの猫とその一味 第43話「蟹券の誘惑」の巻

人生は夢の中で夢を見ているようなものなので何が起きても不思議ではない。人はただそれを追認するだけだ。だからずっと7月の朳差にある日Y似の猪使いで巫女が登場しても驚かない方が良い。

「私らは毎日こんなにぶらぶらして人間らしいことをしないとだんだんと猫に戻りますので、何か人間らしいことを教えてください」

「だったら観天望気を勉強したらどうでしょう。空を見て天気を占う勉強です」

「それは無理です。私らは根が猫なので天気には全く興味を持てません。どんな天気であろうとぶらぶら過ごす性質なので」

「そうですか。天気は好きではないですか。では新六の池まで草刈りをしてください。今西俣の登山道は廃道になって草刈りもしなくなって久しいので道跡もやっと分かる程度です。せめてここから新六の池までの道の草を刈ってください」

「我々は生来怠け者なので怠け者でもできる仕事がしたいです。たとえば毎日頼母木小屋まで行って冷たい水を腹いっぱいのんでくるとか」

「ではそうしてください。でも今は鉾立峰から先は冬なので怠け者の君らにラッセルは無理かも」

結局彼らはぶらぶらして過ごしていた。そしてぶらぶらしている彼らは小屋の横のトイレの脇の茂みの中に一匹の猪を見つけた。猪はニッコウキスゲの草むらの中に身を隠していたが、ぶるぶる震えていたのでニッコウキスゲの花も揺れて、風も無いのに揺れる花を不思議に思ったバカンスとバケーションが見つけたのだ。

猪は自力で歩けないほど疲弊していたので、横に転がしながら小屋の前まで運んだ。こういう時この動物の体形は便利だ。バカンスが猪の震えを止めるために両手で抑えると、バカンスも震えた。バケーションも震えた。二人は何度か振動を楽しんでから猪に聞いた。

「貴方はなぜ隠れていましたか。どうして震えていましたか。あんまり震えているので花の花弁も散りました」

バカンスとバケーションは黙っている猪をまた転がして元の場所、ニッコウキスゲの花の中に戻そうとした。

「どうして戻しますか」

「何もしゃべらないから戻します」

彼らは徹底的に努力ということをしないようだ。私はひとりで猪を転がしてまた小屋の前まで運んだ。そして仰向けにした猪の鼻に濡らしたオンダテの葉をくっつけた。それで二つの鼻の穴は塞がれ、口を利かざるを得ない。この猪も前身は人間だろう。いつぞや飯豊であったずるがしこい猪ではないが、似たような境遇だろう。私がもう一枚貼り付けようとすると

「僕はだいぶ寝てましたか」と口を利いた。

「いや、いつからか分からないです。そこで震えて寝ていたようですが」

「震えていたのは悪い夢を見ていたからです」

「だいぶ悪い夢ですね」

「そう、雪の中に隠れても長い棒でつつかれて、串刺しにされます。31セットで串刺しにされます。それを今度火で炙って、13匹の丸焼きになります」

「残酷なような豪快なような、怪力乱神ですね」

猪が口を利き始めたので、バカンスとバケーションも傍に寄ってきた。鼻黒医師も話を聞きに来たので、猪の周りに自然と円陣ができた。

「そのY似で猪使いの巫女の苦手な物はなんですか」

「Y似でないYの方なら風邪をひくのを極度に警戒します。あとキューイが嫌いです」

「好きな物はありますか」

「蟹が好きです。寺泊の蟹が」

つまり我々は夢から覚めても震えが収まらない哀れな猪をかくまうことにした。そして猪1匹につきズワイガニ10匹で交換することにした。蟹の現物はここにはないからいずれ交換できるように蟹券を作ることにした。

「それにしても飯豊の猪はなぜヒメサユリの球根を食べますか。ヒメサユリの球根を食べるからY似で猪使いの巫女は貴方達を串刺しにします」

「私らは私らでヒメサユリの球根が大好きです。山芋より簡単に掘れるし山芋の百倍美味しい!一日10個も食べれば私らはうっとりして眠ります」

猪達がひと夏うっとりし続ければいずれ飯豊からヒメサユリは消える。私はY似で猪使いの巫女が蟹の誘惑に簡単に負けてほしくないと思った。