オッド・アイ Tの猫とその一味 第十五話「ぐしゃぐしゃの白線の巻」

私の駄弁に相手は必要ないから、人に迷惑を掛けないのが長所だ。自分の体力を相手に自己完結すれば良い。ドームで走り始めてしばらくすると親に送られてきた小学生たちが野球を始める。だんだんとその数が増え、大人のコーチ達も混じり始めると整列し練習が始まる。この頃は、その中に鼻黒猫が混じっている。なぜそれが分かるかと言えばユニフォームが草まみれだ。人工芝なのに草まみれだからすぐ目につく。それから目立って下手だ。キャッチボールもままならず、まともにグローブに入らないし、打っても前に飛ぶことがない。つまり姿は似せても技術は真似できないらしい。グランドとランニングコースを隔てた網越しそんな様子を見ながら走っていると、時々目が合うのが鼻黒猫で、私の動静を伺っているから、ますますエラーが多くなり監督から叱られる。こちらも見られていると思うと、それが猫でもいつもより頑張ってしまう。見栄を張ってスピードを上げるので鼻黒猫を見る余裕がなくなる。そして走り終えてベンチに座る時には草まみれの少年はいなくなっている。やはり時間制限があるようだ。ただ、彼らがいかに私を見張ろうとも、私に捕まれる尻尾は無い。強みもないが、弱みもないと思う。

ベンチで腹筋していると、二人の女性が話をしながら横を通っていく。一人は鼻黒猫だろう。さっき原付バイクで乗り付ける人を見かけた。長年ここに通っているけれど、原付バイクで来る人は見たことがない。
「人間になると鼻黒猫なのか鼻白猫なのか気になってしまうのが不思議。猫の時は全く気にしないのに」

「外見は全然気にしないの?」

「そうよ。だって基本裸でしょう。錦も襤褸も着ないもの」

「ではどうやって相手が分かるの」
「臭いで分かるのよ。一匹でも二匹でも三匹でも臭いで誰か分かるから見なくてもいいの」
一周回る毎に彼女たちの話は聞こえてくる。

「目標という概念が無いからね。なにをしても満足なの。私は秋の終わりとか冬の終わりに陽だまりで寝ているのが好き。腹の方ばかり陽に向けていると背中が寒くなってきて、背中を暖めると今度は腹の方が寒くなって、その繰り返しがとても好き。百年でもそうしていたいわ」
「でもご飯は食べるんでしょう」

「そうやって陽に当たっていればお腹は空かないのよ。だからずっと日向ぼっこしてるの」
私の推測では、鼻黒猫はこうやって人間を誘っているようだ。猫の世界がまるで桃源郷のように吹聴して猫世界に勧誘する。目標を持たないと生きられない、しがない人間を折伏するのが鼻黒猫の仕事だ。あるいは二人とも鼻黒猫かも知れない。通販番組のように売り手と買い手が問答し宣伝する仕組みで、つまり私を勧誘しているのだ。実際私はいつのまにか彼女らの後ろを歩きタオルで汗を拭きながら話を聞いているではないか。そして、二本の尻尾が揺れるのに歩調を合わせている。そう、前を歩く二人には尻尾が付いている。尻尾は猫にあって人間に無い部位なので、化身しても余ってしまうのだろう。歩調に合わせて右に左に軽快に揺れる二本の尻尾は彼らの気分を表し、猫世界を自慢する。

「でも猫は人間世界に寄生して存在しますよね」

「そう、そうよ。だから寄生主はそのままにしておくのよ。ただし、どんどん猫化した寄生主を増やしていくの」

「でもやることは人間と同じでしょう」

「猫の寿命はせいぜい十五年だから悪知恵が付く前に死んでいくの」
「だから発展もない代わりに破滅もないんですね」

時間が無いのか結論が性急だ。そしてその周回を最後にドームを出ていった。やはり原付バイクに二人乗り、ノーヘルである。鼻黒猫の思惑を詮索しても仕方ない。私は私の駄弁に精を出し、やるべきことをやるしかない。

女川小学校は女川という川の傍にある。その川によって作られた河岸段丘の最も川に近い段にある小学校と、三段目にある私の集落とは高低差があって、緩やかで長い坂と急で短い坂を歩いて通っていた。半世紀も以上も前の事である。今そこを車で通れば一分と掛からず過ぎてしまい、段丘と段丘の間の斜面にあった畑は、圃場整備で土を壁のように塗っただけの法面に変わっている。玄関に車を停めて、校舎の脇を通って校庭に向かいながら、同じ目的で前回ここに来た時は猪に邪魔されたことを思い出していた。霧で視界が無いところに多数の猪が登場して、有耶無耶のまま探索は終わったが、今日は晴れている。猪が出てきたらこれで叩いて追い払おうと拾った棒切れを振り回して歩いた。そして公民館から借りてきた白線引きを引っ張りながら校庭を歩く。首の無い二宮尊徳を見つけたら、そこから駐車場までを白線で結ぶ。そうすれば霧がかかっても猪が邪魔をしても一直線に尊徳に辿り着く算段だ。そうして猪より上だということを証明したいところだ。廃校となって十年以上が過ぎ、グラウンドの周りの遊具は使い手の無いまま放置されている。青いペンキの剥がれたシーソー、錆びたジャングルジム、ブランコ、鉄棒。それらを棒切れで叩きながら歩く。猪の頭やら尻に見立てて叩いて歩く。「こうきたらこうくるぞ」

校舎の窓に映る雲と空がきれいだった。ふと教室の中で何か動いたような気がしたので、ライン引きをゴロゴロ引きずり棒を振り回して窓ガラスに近づくと、机が撤去され、がらんどうの教室のなかで、二人の人間がじゃんけんをしている。片方は見覚えのない顔だが、片方は着ている物が草まみれなので鼻黒猫だ。二人は次にスキップを始めた。二人で前後になってスキップしながら教室を回る。次は向かい合って万歳だ。そしてじゃんけんに戻る。多分、こうやって人間の行動を模倣する練習をしているのだろう。じゃんけんと腕相撲とスキップと万歳が人間の特徴的な行動だと思っているようだ。次の教室では啓介さん似の男が机に向かって粘土を捏ねている。床には沢山の頭の塑像が並べて置いてあるから、それを作っているらしい。啓介さん似の男の作業着も草まみれだ。床の塑像は良く見ると、全部違う顔だ。死んだ人の塑像だと私は思った。その再生のために作っていると、なんとなくそう感じた。するとそこにひとりの人間が戸を開けて入ってきて、床の塑像を眺め始めた。しばらく物色して一つの塑像を手に取り、撫でまわしてから風呂敷に包み、それを啓介さん似が塑像を作っている机に載せた。啓介さん似は風呂敷の包みを解き、やはり撫でまわしてから風呂敷に包み直した。本物の啓介さんは見かけによらず手先が器用で、一時彫刻に凝って仏像など彫っていたこともある。だから彼に化けたのかもれない。私は塑像を風呂敷に包んで教室を出ていった男がどこに行くのか気になったので、大急ぎで車に戻って原付バイクを追跡した。橋を渡ると右に曲がって、それから蛇喰に入った。蛇喰のお寺に行くのか、と思った時、なぜか母が家に戻っているような気がしてきて車を停めた。大急ぎで戻ろうとしたのに着いたのは女川小学校で、白線引きと棒を忘れたことを思い出したからだ。棒は拾った棒だからどうでもいいが白線引きは借り物だからそのままにしておけない。校庭の方に行くと誰かがその白線引きを押していた。グラウンドには白い線がぐちゃぐちゃに引かれていた。私の計画を阻止しようとしてそうするのか、あるいはこれも人間の特徴だと思って真似ているのか判断しかねたが、それはともかく白線引きは取り返さないとならないので男に近づいていくと教室で塑像を作っていた啓介さん似だった。啓介似は白線引きに夢中で私に気付かないので、進行を阻止するように立ちはだかると、顔も上げず私を迂回して進んでいく。つまり白線は私を中心に小さな半円形になった。そういうことを二度三度繰り返して半円形が二つ三つとできて、ようやく彼は足を止めた。しかしそれは私に気付いたからでなくて、白線が引かれなくなったからだ。彼は白線引きの蓋を開けて石灰が無くなったことを知ったようだ。そして私の方を向いて「この白い粉はどこにありますか」と聞く。本物なら「この白い粉はどごに行げばあらんだねっし」と言うところだ。姿形は真似られても喋り方は真似られないようだ。だいたい私のことが分からない。

「白い粉はここにはありません。公民館に行けばありますが、どうしてあなたは白線を引くのですか。どうしてこんなに出鱈目にぐちゃぐちゃに引くのですか。まるでこんがらがったあやとりの糸ですね」

「これは線を引く道具でしょう」

屁理屈だけは啓介さん似だ。

「この校庭には昔沢山の土器が出ました。運動会の前になると子供たちは草取りをします。するとそのついでに沢山の土器片を拾います。あなたは先ほどからゴロゴロと白線引きを押していてその土器片を見つけませんでしたか」

そう聞いて、啓介似の教養を確かめてみることにした。

「土器片というのは縄文ですか、弥生以降ですか」
本物より上等のようだ。
「縄文です。やじりや石斧も見つかります。ところで今日は奥さんを新潟まで迎えに行かなくて良いのですか」

そう聞くと啓介さん似は私から目を反らして横を向き、両手を挙げた。さきほど二人の鼻黒猫が練習していた万歳をした。二回三回と両手を上げて下ろしてから

「そうそう大事なことを思い出しました。その白線引きはまた貸してください。その時は白い粉も沢山入れておいてください」と図々しさは本人並みだ。そして急ぎ足で教室に戻っていった。よく見ると校庭には沢山の土器が落ちていて、白線はそれを避けて引いたため曲がりくねったらしい。誰も使わなくなったグラウンドに雨だけは降って、埋まっていた土器が浮いてきたのだろうと思っていると、バイクの音がして、談合坂を一台の原付バイクが上っていく。どんなに無鉄砲でも原付バイクでは新潟まで送迎は無理だと、ビリビリという音が遠ざかっていくのを聞きながら思った。

もう半世紀以上前かと私はここで学んだ頃を思い出していた。スカートめくりをして廊下に立たされたのは二年か三年生の時だろうか。小学生低学年にして担任から変態呼ばわりされた児童の転機は四年生になって担任が男の先生になって訪れた。私はいつのまにか目立つ存在になり明るい性格を随所に発揮する子供になっていた。ある時、学級委員の男子と通信簿の見せあったことがある。二人で教室の隅でお互いの成績を見せあったところが、驚いたことにわずか一教科の成績がひとつ悪いだけで、あとは全く同じだった。これは衝撃だった。ずっと学級委員の優等生、先生からもクラスの誰からも一目置かれていた人間とほぼ同じ成績で、わずか劣っていたのは音楽とか図工とかであった。私は大声で発表したいくらい歓喜したが、二人の秘密であったので黙っていた。「いさってばかりいる男」と同じ成績であったことが意想外で不満であった彼と、優等生と同じ成績と分かってますます調子づいた私には深い溝ができて、そのことはある遊びに表れるようになった。それは遊びとはいっても荒々しく、防具を着けないアメリカンフットボールのようなもので「肉弾」という名前が付いていた。体育館のバスケットコートとバレーコートの広さの違いでできた線と線の間を通り道として二組に分かれて戦う。線の外に相手を投げ飛ばすとか押し出せば勝ち、そして相手の陣地の隅を誰か一人が踏めば勝ちという遊び。団体戦なので体の大きい、力の強い者が先頭で戦い、その後ろですばしこい小兵がチャンスを窺って突破し相手陣地を落とすのが定石だった。学級委員の男は非力で小兵だったので、常に最後尾で待機するか、四隅の休戦地帯で戦況を見ている。そして相手の守りが薄くなった時にさっと走って相手陣地に走り込み功を立てて喜んでいる。つまりほとんど戦わない。私はこのやり方が我慢できなかった。それで組んずほぐれつ戦っている人間の山を乗り越えて、その後ろに隠れている学級委員に飛び掛かる。憎たらしいので簡単に線の外に押し出したり投げ飛ばしたりしないで、頭の上から覆いかぶさり、両股で頭を挟んで自分の体を前方に投げ出す。この技は私が編み出したものだ。やられた相手は頭を挟まれ後ろにのけ反ることになる。技に名前は付けなかったが、押したり投げたり蹴飛ばしたりするのが常套だったので特異な技だった。勝つより痛めつけるに主眼があった。私はこうして勝ちに拘らず勧善懲悪の気分を味わっていたのだが、ある時とうとう私の技を受けた学級委員が泣き出して「どうして自分ばかり狙うのだ」と訴えた。すると「安久のは痛い」と他の人も言い出して、私の勧善懲悪の技は説明もできないまま禁じ手となってしまったのだ。最高学年になってもまだ調子に乗っていた私はその罰として二度の生徒会長選に落ちた。卒業式の答辞の栄誉も彼に奪われ、唯一の名誉は学芸会の合唱で指揮をやったことだが、上がってしまって棒を速く振り回し、全然合唱と合っていなかったと後で先生に注意された。そんな回顧をして、三つ子の魂百までだと深いため息をついたのである。
 ふと後ろを見るといつの間にか啓介さん似が立っていた。
「それはひとりで座っても困ります。もうひとり反対側に乗ると上がったり下がったりします」

「シーソーの仕組みなら私も分かっています。ところでそれは石灰ですか」
「そうです。公民館から貰ってきました」
「え、なんと言って貰ってきましたか」
「白線を引くからくださいと言って貰ってきました」

鼻黒猫の啓介似は関係者に化けて公民館に行ったのだろうか。

「私が反対側に乗りましょうか」
「いや結構です。シーソーがしたかったわけでありません。ただ昔を思い出していただけです」
「それに乗ると昔を思い出しますか」

「シーソーは見える見えたという英語です。高くなれば見えるし低くなれば見えません。見えないときに回顧的になるでしょう」

「それはギッタンバッコンです。ではこれを借りますよ」

「ああ、そんな袋の切り方をしたんでは残った石灰がこぼれます」
私は石灰の袋の片端の折り畳みの部分を丁寧に解いて袋を開けた。

「なるべくこぼさないように入れてください。でもこぼしても肥料になります。校庭のぐしゃぐしゃの白線も肥料になります。もう誰も使わないグラウンドで雑草だけが生き生きと伸びるでしょう」
私は啓介似の男がまたぐしゃぐしゃに白線を引くのをしばらく見ていたが、教室ではまだスキップを続けているようなので、それを見に行った。スキップ、万歳、じゃんけんと飽きもせず続けている。じゃんけんはルールを知らないのか、あるいは自分らで新しくルールを作ったのか、勝ち負けはないらしく、グーチョキパーと任意に出して、同じものを出すと大変喜んでニコニコする。万歳は挨拶のようでもあるし驚いた時の表現にも見える。鼻黒猫は根気が良いと分かったが、石灰一袋分を使う頃には暗くなるだろう。だから白線引きを今日持ち帰るのは諦めた。そして霧の無い校庭を改めて見渡しても尊徳の像は無かったので帰ることにした。棒は今度来た時また使おうとジャングルジムに立て掛けておいた。
  行く先々で鼻黒猫と出会うのは妙だとふと思った私は、談合坂を登り切った所で車を降りた。そして杉の木の間からグラウンドを俯瞰すると、相変わらず余念ない様子で白線引きを押す鼻黒猫が見えた。鼻黒猫の後ろにはもう二人、順番を待つように歩いている。多分教室でスキップ万歳じゃんけんの特訓をしていた二人だろう。石灰が無くなって石灰袋まで戻ると交代のようだ。彼らが引く白線は上から見てもぐしゃぐしゃで、やはり何の意図もない。