オッドアイTの猫とその一味第82話「コロニャンと金満家」

北股の急斜面の、深く掘れたジグザクの道を下るとギルダ原、飯豊に咲く花のすべての種類がここに咲く。花に関心のあるものは立ち止まり、膝を突いて眺めずにいられないし、そうでなかったとしても「きれいだ、美しい」と感嘆して前に進めない。
「この小さな花はなんですか、名前のある花ですか」
「それはミヤマコゴメグサという花です」
「こんな小さな花にも名前がありますか。それも長い名前です」
「名前の無い花は無いようです。無かったとしたら知らないだけです」
門内岳の越えるとすぐ小屋がある。往路に寄った際、管理人は半猫双眼鏡師に縛られ隠蔽されて留守だったが、今回は無事で、小屋の脇の管理棟の前のベンチに腰掛けて草刈鎌を研いでいた。そしてその手を止めて我々一行の行先を聞き、朳差だと言うと
「手紙が来ていました。朳差にいる人に渡してください。貴方がこの人なら貴方が読んでください」「その研いだ鎌で、貴方を縛って草むらに隠蔽した双眼鏡師を退治しますか」
「いやいやこれは登山道の草刈りの鎌です。機械は音がうるさいので使いません。この鎌なら花も切らないで済みます。どんな小さな花も草と一緒に切らないで残せます。それに林檎の皮を剥いたり髭を剃ったりもできます。色々と使うので暇があれば研いでいます」

「門内小屋に届いた手紙」

 半猫の郵便夫半次郎さんが昨日紙飛行機の手紙を配達してきました。郵便夫は丁寧に名を名乗り、それで半猫半次郎だと書いたのです。「私はまだ正式な郵便夫でない見習いなのでこの手紙を持ってきました。紙飛行機の手紙は切手が貼っていないので、半猫の仕事です」「それでは飯豊に出す手紙はあなたに渡したら届きますか」「山小屋宛ならポストでも良いですし、人宛なら私たちの仕事です。風向きによって二王子岳か倉手山に登り、専門家がその頂上から紙飛行機を飛ばします。手紙を紙飛行機にするのはその専門家の仕事です」
そんな訳でこの手紙が放浪する半身である飯豊の私に届いたら幸いです。
 さて、急に金満家になったTですが、小型ではあるけれどピカピカの重機を買いました。それを操作すれば今までの何倍も穴が簡単に沢山掘れます。実際穴を掘るのは楽ではない仕事で、柔らかい土ばかりでなく、石など混じっていると、猫一匹埋める深さまでスコップで掘るのは容易ではありません。だから、重機が買えるほど穴を掘ったのはたいした仕事でした。ただ、専門家になりつつあるTが重機を買うのは自然の成り行きなのかもしれません。コロニャンの蔓延で、今や私の家の周りばかりでなく、隣の集落へも重機をゴトゴト運転して出張しているようです。そして粗衣粗食に甘んじていたTは着る服も変わりました。ピカピカの重機を運転するには今までのような弊衣破帽では相応しくないと感じたのか、ハイカラな服を着て派手な帽子を被っています。そしてまた今まで食べたことのない食品をスーパーで買うので、爪楊枝をくわえながら重機を操作しています。物欲は無く、世間の評判も気にしない様子だったTは、決して仙人ではなかったわけで、残念なような安心したような感じです。遠方からの依頼がもっと増えれば、今度は重機を載せて運ぶトラックを買うでしょう。はっきりしていることは今この集落でTが一番活発だということです。
 小屋の後ろに回って手紙を読んだ私は上着のポケットにその手紙を入れて、関川の方を眺めた。一時のコロニャンでどんなに金満家になっても、すぐに元の木阿弥、いずれ小型の重機も売り払う羽目になって、ハイカラな服も帽子もむしろ惨めさの象徴となるのだ。仙人の化けの皮が剥がれて、怠け者の末路という顛末。