オッドアイTの猫とその一味第74話「バームクーヘンorイワシの糠漬け」

 ところが私の提案は無視され、鼻黒は導火線(猪の尻尾)に点火した。私の話を嘘だと見抜いたのか、目的がバナナの燻製だったのか、どちらかだ。ニッコウキスゲの大群落が数十年に一度の現象なら、その花粉を塗して作るバナナの燻製はヒメサユリの球根より貴重なのかもしれない。そんなわけで我々は煙に巻かれて長い時間が過ぎた。時々彼ら(我々をバナナの燻製にしようとする鼻黒達)が小屋に入ってきて、更に花粉を体に掛けた。これは一種のバームクーヘンとも云える。一人が花粉の入ったバケツを持ち、一人が杓子で掬って我々に掛ける。もう一人が花粉を掛けられる我々を回転させて、まんべんなく平均に掛かるようにする。もしバームクーヘンなら、彼らの目的は、芯となっている我々の体でなく、外側の花粉なのかもしれない。燻製した花粉がある程度の厚みになると、外に運び、芯(我々)を抜く。抜かれた我々は一体の木偶の坊、バームクーヘンの芯だ。そんなわけで、鼻黒達の完全な分業には感心したが、一人でもできそうな仕事を三人でやるのは、彼らが相当数、このバナナの燻製小屋にいることを推測させた。反抗の時間や方法は熟考しないとならない。

 時々感傷的な気持ちになる。バナナの燻製、或いはバームクーヘンの芯として人生の結末を迎えるからには、それに相応しい生き方をしてきたからだ、と思うからだ。他の同行者の履歴は知らないが、私なんかは確かにこんな落着でも文句が言える人生ではなかった。『バナナの燻製、バームクーヘン、それか糠いわし・・・』そう、糠いわし、なのかもしれない。ニッコウキスゲの花粉が糠の役目をして、肉体の水分を吸収すると同時にニッコウキスゲの香を浸み込ませる。完成すると人間糠いわしは小屋から出されて流通する。工場で焼く段階になった時には、糠代わりのニッコウキスゲの花粉が大きめのヘラでそぎ落とされる。今まで何度も人生のピンチは乗り越えてきたが、これが最後のピンチかと悲観的になったのである。