オッド・アイ Tの猫とその一味第57話「巫女の占い」

それぞれが時々振り返るのを私は後ろから見ていた。私自身も猪が落ちていった雪田を振り返り、這い上がって来はしないかと思ったのである。

本山の手前、駒形山に着くと、ひとりの郵便夫はもう一人の郵便夫が被っているピンクの帽子を取ってY似で猪使いの巫女に渡した。

「これが風に飛ばされたので拾いました」

「ありがとう。でも私、落とした物は拾わない主義なの。拾うために後戻りはしないことに決めているのよ。だから帽子は貴方に上げるわ。それに、失くして困る物なんて一つも無いと知っているから」

Y似で猪使いの巫女は帽子の代わりの手拭いを頭に巻いていた。彼女の言葉通りなら、その手拭いもいずれ郵便夫の物になるだろう。帽子を渡そうとした郵便夫は自分の頭にそれを収めた。「その手拭いの絵は何の花ですか」

私は聞いてみた。

「これはイイデリンドウです。私が描いて染めました」

イイデリンドウと言うなら全く特徴をとらえていない絵であった。絵が下手なのか花そのものを勘違いしているのか分からない。チシマギキョウがハクサンフウロになり、ハクサンイチゲがチョウカイフスマに見られて、花を描くのは難しいが、それをイイデリンドウと言い当てるのはむしろ花を知らない人であろう。夏の太陽は西に傾き、大日岳の陰に入ろうとしていた。できればテントを張って、食事をしながら夕日を見たいと私は思った。

本山からは飯豊連峰の端から端までが見渡せる。一昨日私と猪が出立した朳差から御西まで、そして南には草履塚の向こうに三国岳。それにしても私は雪田を滑落して戻らなかった猪が朳差の小屋から同行した猪なのか、今朝捕まえられた猪なのか分からなかった。ここで呪文を唱えれば朳差の猪、名はホリディだし、そうでなかったらホリディ2だろうと考えたのだが、これまで何度も忘れているので、断定はできない。Y似で猪使いの巫女はまた雪田の方を眺めていた。薪と猪を一緒に失って失意しているのだろう。すると掌ほどの石を集めて積み始めた。全体を円錐形に、小さなケルンのように積んで、こぼれ落ちた石を拾うと、それを別の石の上に載せ、石で叩いて割った。そして割れた石の断面を見ながら

「明日は雨です。猪は明日には戻るでしょう。しかも薪を積んで戻ります」と言った。彼女のなりの占、太占(ふとまに)のようなものだろう。

「もし猪が戻らなかった一匹でも丸焼きです。以上」

つまり半分占いで半分は決意だ。

 

飯豊の旅も三日目の夕方となった。夢の旅だから脈絡などは求めようもないが、これまで起こった主な事件を時系列で書いてみるのはむしろ話者のためだ。

28話 飯豊猪命の会からの依頼でヒメサユリを調べに来た鼻黒を光兎山で懲らしめる。

29話 YとY似で猪使いの巫女 一卵性双生児疑惑 Yの盥はベコベコで変な音

30話 肉球ラーメンと猫猫探偵団の秘密

31話 金目銀目白黒野良猫名無し猫捜索代金2,800ニャン也

32話 Y、肉球ラーメン二杯食べるの顛末

33話 鼻黒猫からの依頼と石間家のポーター犬

34話 ポーター犬に託された手紙と八海山登山

35話 ポーター犬事業で大儲け 羽振りの良い社長に転身 殺処分の犬年4千匹をポーター犬に育成し総理大臣を夢見る

36話 マリからクマヘ 犬の変遷

37話 ポーター犬、冬の五頭でホッカイロを売る

38話 コロナ罹患で朳差小屋に隔離される 仕事は水汲み

39話 飛ぶ花はベニヒカゲ

40話 知らせ①クマの失踪と父の入院

41話 バカンスとバケーション知らせ②運ばれる冬の豚

42話 バカンスとバケーション知らせ③④

43話 震える猪とカニコウモリの蟹券

44話 飯豊連峰保安局田中遥

45話 田中遥=Y似で猪使いの巫女が郵便夫から預かった手紙

46話 水場の秘密

47話 猪の名はホリディ、それで保障されるもの

48話 驟雨で猪を洗って縦走に出発。雪に埋もれた郵便夫は田中遥=Y似で猪使いの巫女に助けられ頼母木小屋で留守番をしていた。

49話 同行三人、スコップに代えて花の首飾り。20年の山並み

50話 歌を歌って

51話 門内小屋から同行四人、双眼鏡の鼻黒加わる。

52話 禁じられても・・猪ぐるぐる巻きにされて再びY似で猪使いの巫女登場

53話 同行5人 梅花皮岳にハクサンシャジン

54話 ホリディ2追加で同行6人、焚き木を拾いながら

55話 御手洗の池と干物

56話 いずれかのホリディの滑落 同行5

ざっとこんな感じ。私も忘れていたが、蟹券を持って足ノ松尾根から下山したはずのY似で猪使いの巫女がどうして梅花皮小屋に来たのか。58話はその経緯から始めよう。