やっと春が来て、新潟ハーフ、笹川ハーフと続くこの時期を肉離れで出られなくなった、その経緯を書いておく。2月の10日の夜のバドミントンで、ピシっと音がしてから膝が痛くなった。この痛みのために二週間ランニングを休んだが、15日と22日の登山はそれほどの痛みはなく、新潟ハーフに出る気ならもう休んでもいられないと走ったのが26日の木曜日。恐る恐るランニングマシン30分1本、そして2本目、思いの外調子が良く、膝の痛みもたいして感じなかったので、休んだ分も取り返そうと欲を出して三本目。終わった後は達成感で気持ち良かったが、翌日に太もも、ふくらはぎ全体が突っ張る感じは、初めてマラソンを走った時のようでもあった。翌日は様子を見ながら30分走ったが、足全体の硬直感は和らがず、階段の上り下りが一歩一歩という感じ。それでも3月1日の赤城地蔵岳は登れたが、迎えた3月2日月曜日、なにか不安のまま始めた昼間のバドミントン、ネット前でジャンプしようとした瞬間に激しい痛みが走った。経験したことの無い衝撃で、もうだめと直観で分かった。ただ、肉離れの際は音がすると聞いたことがあるが、それは無かったので、その後の経過からしても軽傷であったのだろう。医者からは二ヵ月位は激しい運動を控えるように言われたし、二ヵ月で治るのは若い人で、年齢から考えれば三ヶ月四カ月、下手をすれば半年は完治しないとバドミントン仲間からも脅されたので、それなりに覚悟はした。それでもせめて山だけは登りたいと、入浴後は懇ろにマッサージをして塗ったり貼ったりしていたら、四、五日目で足を引かず歩けるようになった。一週間後にコラッシェにリハビリのつもりで行って、ランニングマシーンに乗ったが、やはり走るのは無理、ジャンプも無理であったが、翌日には少し走れたので、水曜日から昼のバドミントン再開、思いの外動けた。そして同じ週の金曜の夜のバドミントンも参加できた。その週末の福島の額取山、浄土松山と普通に登れて自信が付いたのか、週明け23日のコラッシェは通常どおり10㌔の速さで始めて斜度を付け、後半12㌔、そしてラストスパートという、いつもの30分をこなして、笹川も出れるかなと思ったその夜にまた痛み出した。調子に乗って元の木阿弥を繰り返しているが、登山だけは計画通りできているのは有難い。再び悪化したこの週末には健康登山の下見、文殊山、一念峰と登れた。3月6日にまた走ってみると、また痛みがぶり返して、それから走っていない。今日12日は笹川ハーフの日、3月2日の肉離れが無かったら、例年通り参加したはずだったが、天気が良かったので庭木と家の冬囲いを片づけをしていたた。全国マスターズで中距離の優勝者船山さんが言っていたように、肉離れは走れるようになるまで時間がかかる、ようだ。山登りもバドミントンもできるから、生活にたいした変化はない。だから自然と走れるようになるまで、そのある時まで待ってなんの支障もないのだが。
肉離れの経過
走ること