オッドアイTの猫とその一味第85話「頼母木山での災難」

手紙はここで終わり「後編は頼母木小屋に郵送します。半猫郵便夫が来たら」とあったので、Tさんがどんな素っ頓狂な声を出したのかと思いながら道を進んだ。そしてまた、こうした話を物語に挿入することが読み手にとって有益なことなのか、とも考えた。しかしながら我々は忘れがちだ。自分以外の人生は自分と無関係に進んでいく。だから、前を行く一行の中にY似で猪使いの巫女の姿が無いこともこの時は気付かなかった。半猫のAかBもしかり。地神山を出た時に彼らがいたかどうか、もっと遡って門内の小屋ではどうだったかさえはっきり覚えていない。扇ノ地紙まで戻って梶川尾根を下ったのかもしれないとも思う。遅かれ早かれ、山であった者は山で分かれる宿命なのだ。

地神北峰に立つと頼母木小屋が指呼の距離に見えた。右に道を取れば丸森尾根、小国町の飯豊温泉まで4時間で着くだろう。そう言って周りを見たが、ここを降りると言う者は無かった。朳差は依然雲の中で見えない。白い壁が大石山から先の鉾立峰と朳差岳を遮蔽して、それが白い壁でないと分るのは、飛ぶ鳥がその壁に吸い込まれるように消えていくからだ。「では行きましょう、あと少しの下りで頼母木山、そして頼母木小屋です。そこで水を補給しましょう」

 急坂を下ると広い尾根道となり、その草原を覆うように咲くチングルマと咲き残ったハクサンイチゲを左右に見ながらやや登って頼母木山に着く。イイデリンドウはこの山を北端として飯豊本山まで咲くので、足ノ松から登って朳差に行く時も、わざわざ寄り道してこの山まで来る。年に一度はこの群青の星形、飯豊の固有種を見たいと思うのは麓に住む登山人の秘めた願いだ。残雪期であればここから大境山に向かって派生する尾根を辿って小国の梅花皮荘に降りられるが、今はただその斜面を眺めるだけだ。半猫鼻黒のAかBが石でできた標柱を撫で始めた。それが地蔵尊であれば不敬にも敬虔な態度にも見えるが、「頼母木山」とその標高を刻んだ石であるので、どうしてやたら撫でつけるのかと思っているうちに、急に風が吹いてきてゴロンゴロンと雷鳴がした瞬間、周りが白くなって我々は吹っ飛んだ。立ち上がれなかったのは半猫鼻黒のAかBだけで、その体に触るとまだ電気が残っているのかビリビリする。頭の毛も縮れたように見えるが、これは元々そうだったのか今そうなったのか分らない。生死は不明だが、とにかくここを離れるのが先だ。私は自分のザックを猪の背中に縛り付け、 半猫鼻黒のAかB を背負って頼母木小屋に急いだ。