「そうですそうそうその通り、昔は立派な双眼鏡師だったのですが、器用貧乏というか、なんでも器用にできるので、一つのことに専念できず、今は見えるものも見えなくなってこんな感じです」そう言って一通の手紙を自由になったSさんは私に渡した。放浪する半身、家に残っている私からの手紙であった。
『Tの猫は増え続けて私は猫棒を何度も作り直しました。なんとか車に乗ってもぎっしりと敷き詰められたようになっている猫を轢かないように家を出るのがまた厄介で小一時間は掛かります。車を何度も降りて進行方向の猫の絨毯を猫棒で剥がしながら進まなければならないからです。けれどもある日猫の密度が低くなって、猫の世界でもコロニャ(猫のコロナのこと)が流行始めたのです。日に日に猫が減って1,000匹あたり999匹が死にました。Tは毎日この家の周りにスコップと鍬で穴を掘り、それを埋めています。一匹あたり1,000円の補助が村から出るので、Tは午前中穴を掘って埋めて、午後は猫の尻尾を袋に入れてバスで役場に行き補助金を貰い、帰りに食料品や雑貨を買ってきます。毎日穴を掘り毎日役場に通うTは生々としてきました。もう旅に出なくて良いでしょう』