オッド・アイ Tの猫とその一味第67話「松ほどでもない」

順番に運ばれてくる水を沸かしてアルファー米の入った袋に注いでいく。

「何がいいですか。五目ですか赤飯ですかピラフですか山菜おこわですか」

 そうしているとマダムが小屋から出てきて私を呼んだ。

「20分経ったら食べてください。今3時20分なので40分になったら食べられます」

そう言ってから小屋に入ると、紙を持って管理人が立っていた。

「御要望ですので松と竹と梅と、三枚探しました。先ずは梅から説明しますが、説明には1枚につき一根っこです」

「なん根っこでも結構」

 マダムは管理人から1枚紙を受け取り、それを畳の上に広げた。

「これが松です。貴方の今まで通って来た道はここです。風の通らない、見通しの利かない谷間の道を登ってきて、ここら辺で見通しの利く稜線に出ました。でも間もなくガスが出てまるきり見えなくなりましたね。ここら辺の池塘に落ちたかもしれません。そんな感じで来て、そしてここからがこの道。道に迷って沢に下ります。沢に下りれば必ず滝を巻くことになる。滑って滝つぼに落ちて、ここで破線がきえています」

「ガスが出るとかもこの地図で分かりますか」

「それは分かりません。私がそう言ったのは状況説明です。言ってみれば風景描写です」

「はい分かりました。で竹は」

「竹ですね竹竹と、はい竹です。ここまでの道は松と同じなので割愛します。ここからがこれからの道です。またガスが出て視界を覆います。道に迷い、やっと登った崖から滑落します。でも竹ですから一命は取り留めるようです。これが梅だったら一巻の終わりです。でも熊が出てきてだいぶ齧られます。包帯を頭に巻いて先を急ぎます。空腹に耐えられず死んだニホンカモシカの肉を食べます。見つかれば処罰されますが、誰にも知られず進みます。この尾根のここで破線が切れていますから、ここで事故か病気かでお陀仏ですね。お気の毒です」

「・・・・」

「いいですか梅にいっても」

「はい、風景描写は不要です」

「ここまでは松竹と同じなので割愛します。ここからですね、またガスで出てきて、ああ風景描写は結構でしたか。でも風景は状況ですし、状況が進路決定の要因となりますので、やはり説明いたしますが、このガスがとても濃くて、そしてなかなか上がりません。五里霧中とはこのことですね。ですから躓かなくて良い石に躓き、ぶつからなくて良いハイマツにぶつかって、とうとう稜線から道の無い支尾根に入ってしまいます。目的さえ失くし、生きる気力も失せ、食料も尽きて野垂れ死にです。ご愁傷様です」

「分かりました。支払いは明日の朝、出発の時にします」

玄関で三枚の地形図を小さく畳んでいると、管理人が裏から看板を運んできた。そして

「すみません。ちょっと手伝ってもらっていいですか」と言った。

彼が脚立に上って看板を掛ける間、その脚立を倒れないよう抑えながら私はポケットに入れた松竹梅について考えた。『松と云っても、松と云うほどでもない。大差ない』
私は多分松に多少期待していたようだ。