槍ヶ岳から笠ヶ岳へ1/4 2009/8/7-10

 2009年、和幸と裕美子さんと三人で行った槍から笠ヶ岳、三泊四日の周回は忘れられない山行のひとつだ。当初槍から南岳、大キレットを越えて奥穂に行き、白出沢ルートで新穂高に戻る予定であったが、初日から雨と渡渉で荷物は濡れて重くなり、二日目も午後は崩れる予報でキレット越えは難しいと判断、第二案の西鎌尾根から双六、そして笠ヶ岳へと逆方向に変更した。ずっと雨で合羽を着ない日が無いというのはこの三人には良くあることで、弥平四郎から丸森に下った飯豊縦走しかり、泡滝ダムから針生平に下る朝日縦走しかりである。当時山の天気が分かる情報は無かったと思うし、代替案をいくつか作っておいて、天気が良い所に行くという発想もなかった。そんなわけで雨の山行は慣れていたが、忘れられないのは初日の渡渉である。増水した沢を何度か越えて滝谷の避難小屋の先までなんとか進み、小屋まであと少しのところにできた沢がどうしても越えられず悪戦苦闘した。メモには「15:52 第一の徒渉了17:30 第二の渡渉で足止め」と記してある。後で知ったのだが、同じような時期、同じ場所で、やはり我々同様スリングを繋ぎ合わせて越えようとした人達が流されて亡くなっていた。我々の場合は色々工面して渡ろうとしているうちに水が引いてくれたのだが、一歩間違うと大変なことになっていたと今でも思い出すことがある。

関川5:00発≫富山周り新穂高10:35着。無料の駐車場は満杯で辛うじて空きを見つける。

12:15登山開始。雨模様なのか最初から合羽。

奥穂に直登する白出沢との分岐14:25 本降りになっているようだ。

右俣沢沿いのこのコース、右は槍から穂高の大絶壁なので、降った雨はそのまま沢水となって落ちてくる。

こういう橋がある所は普段から水が流れる沢なのだろうが、

滝谷避難小屋の藤木レリーフ16:25

急な大雨で俄かにできたこの沢が渡れない。スリングの片方を立ち木に括り付け、それを命綱に渡ろうともしたが、胸元まで押し寄せる急流で身動きがとれなくなる。和幸はどこかからこんな棒を拾ってきて思案している。

裕美子さんは渡れそうな所がないか下流を見に行く。

和幸は自分が拾ってきた役に立たない棒の写真を撮っている。

和幸?がまた棒を拾ってきて川に渡したのか。ただこんなことをして1時間も悪戦苦闘しているうちに潮が引くように水流が弱まり渡渉できた。

渡り終えた安堵の笑顔。

19:00槍平の小屋着。渡渉で道具はびしょびしょに濡れ、時間も遅くなったのでテント泊を止め、小屋素泊まりにする。小屋の人達は我々があの沢を越えてきたことに驚いていた。部屋に入って着替え20:40ようやく夕食。我々の他に客は何人もいなかったので、遅く着いたことで迷惑は掛からず助かった。


2日目槍ヶ岳から双六小屋に続く