大菩薩嶺≫三つ峠 201613/19-21

高橋さんのの誕生日にはどこかしらに出かける春分の日がらみの連休、去年の天城山に続いて今年も関東の山に行った。一つは百名山のひとつ大菩薩、もう一つは富士絶景の山、三ツ峠山。いずれも初めての山で登山口までは迷いに迷い行ったが、関東の人気の山だけあって歩く道は高速道路並み(征平さんの常套句)の立派さだった。それにしても大菩薩も三ツ峠山も富士を見る山でもあるのに、一瞬さえも富士は見えなかった。大菩薩は晴れはしたが厚い雲が四囲を隠していたし、三ツ峠では予報がAにも関わらず、新雪を踏んで歩いた。帰ってから、20133月の綿野舞さんの記録を慰めとした。

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初日は山梨県立美術館と文学館を見学。美術館にはミレーの「落ち穂拾い」や「種蒔く人」がある。夭折した明治の女流、樋口一葉はその代表作のほとんどを一年余りで書いている。

ミレー館というのがあるので、ミレーは常設

宿泊地は甲州市の「甲斐の国・大和自然学校」当時素泊まりで3,000円(2024年閉館)

2日目大菩薩嶺

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大菩薩登山口駐車場。冬はここでゲート。ここから1時間45分で上日川峠に向かう。夏ならそこまで車で行けるが。

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奥にガードレール。夏であれば車で上日川峠まで行ける。

 

上日川峠到着。広い駐車場とテント場があった。会で来る時はここにテントを張るのも良いだろう。結果的には2025年6月にロッジに泊まった。

ロッジの前にあった案内板で本日の行程を確認

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途中の「福ちゃん荘」でバッジを買うと、賞味期限がわずかに切れたという羊羹をおまけしてくれた。早速食べたが甚だ佳味であった。

大菩薩峠。介山荘の管理人は落語家のように話す、人の良さそうな人物に見えた。三ツ峠でもそうだが、棘のある注意書きは登山者のマナーがいかに悪いかを示し、且つ書いたのは雇われ管理者でなくオーナーだろうと思われた。

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大菩薩嶺。風が無いのでここで昼食。

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下山は丸川峠側に下りた。その途中、自然石で積み上げた石垣に感心する高橋さん

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丸川峠の丸川荘ではバイトの学生と思われる二人が一心に木を削ってお土産を作っていた。多分一日数個のノルマが課せられているのだろう。店の中でそのお土産を見ている時にのっそり出て来たのが主人で、僕はなにかオツベルを思い出した。

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宿に帰って夕食。綿野舞さんが高橋さんの誕生日のお祝いにくれた金賞のワインを自主的にいただく。

3日目、三ツ峠山へ。車道の標高が上がるにつれ周囲はガスに覆われ、そして雪も降ってきた。予報はAだったが。

うっすら雪が積もった駐車場に到着。予報を信じて歩く始める。

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花の大きさからしてミヤマシシウドかオオカサモチか。

カラマツ林に雪は深くなる

木無山。もちろん富士など見えるわけはないが、三つのピークを合わせて三ツ峠山というのだそうだから、木無山、開運山、御巣鷹山と律儀に回った。

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開運岳。晴れていれば後ろに富士が写る構図。

 

 

説明だけで情景をや思い浮かべるのは空しい

車に戻ってカップヌードル

帰路は長野回りで帰った。山の天気が嘘のように長野の空は晴れて、八ヶ岳、鳳凰三山、殊に甲斐駒ケ岳が青空の中に巨大な白嶺を浮かべていた。戸隠と高妻も良く見えた。
さて、帰ってきてから高橋さんが連休の山行のおかげで体が軽くなったようだと言う。高地トレーニングをしたかのような成果だと。僕は全くそんな成果もなかったし期待もしていなかった。せめて体重を増やさないよう気をつけていただけだ。山行直前の調子は最悪で、前々日は1㌔走って止めてしまった。もう十年以上走ってきて、こんなことは初めてだった。どんなに調子が悪くても、モチベーションが上がらなくても、先ず30分走ってみて、と走り始めれば30分で止めることさえなかったのに。どうも2月から3月の初めに掛けてが最高潮だったと落胆していたのだ。山行後は若干上向きだが、喜べるような調子でなかった。しかし一昨日は走るにつれ調子が上がってきて、15㌔のうち10㌔を5分から4分20秒までビルドアップできたし、昨日は4分30秒のペースで走り切ることができた。やはり高橋さんの言う高地トレーニングの成果だろうか。笹川の自己最高は4年前の1時間33分ちょうど。キロペース4分26秒。