沢山の大事な人とそうでもない人と出会い別れて生きていく。なにもしないで生きていくことは易しいようで難しい。為体が楽でないように。どうでもいいような、だれも覚えてないような約束が今日を生きる理由になり、一日もないがしろにできない気持ちを持続させる。我々一行が朳差を目指して歩くのもまたそういったところです。前を歩く鼻黒の一人が言うことは
「人間にもなれず猫にも戻れない僕にはもはや安住の場所はありません。
それで我々一行に着いてきたのかもしれません。また一人が言うには
「朳差という所はそれはそれは良いところですか。こんな鼻黒にも優しい場所ですか」
「良い所という訳ではありません。毎日水汲みに行かなければならないし、トイレ掃除もあります。けれどいつも七月なので花に囲まれています。夜も花の咲く外で寝られるでしょう。それが好きなら良い所かもしれませんね」
「私はもともと猫なので外で寝るのは好きです。水汲みは分かりません」
私は鼻黒達とそんな会話をしたが、私自身が朳差で暮らした年月が幻のようにさえ思えていたので、少々不安であった。行き着いたとしても、そこは鼻黒に話したような場所である保証はない。花輪が道に落ちていた。焦げて短くなった猪の尻尾に猪使いの巫女が縛り付けた花輪。付けるのを諦めたのか、新しいのを付けたのかは遠目では分からないが、なにかおまじないのような意味があって付けたのなら、いずれまた道に落ちているだろう。